平成の軌跡

平成は世界に挑んだ時代だった ー 為末大 - 

「侍ハードラー」として注目を集めた元陸上選手の為末大さんに、平成の思い出を聞いた。

―平成になった頃の思い出

 小渕(恵三)さんが「平成」と発表していたこと、覚えていますよ。当時陸上は既にやっていたんですけど、まだ選手とは言えないくらいですね、10歳くらいなので。

―中学時代には100メートル、200メートルで日本一に。その後高校3年時、400メートルハードルに本格的に取り組むようになった。転向したことについて当時の葛藤は

 (陸上は)100メートルが中心なので、そこからハードルにずらすというのは若干都落ち感があるんですよ。 その心理的葛藤はややあったかなと思います。でも実際100メートルで勝負できなくなって、それは認めるしかないので。自分の体型を考えるとハードルの方が複雑性もあるし勝負できるんじゃないかと思いました。 すごく大雑把に言うと、何番手かで好きなことをやる人生より、ニッチな世界のナンバーワンになるという。大枠このコンセプトが自分の人生にインストールされたという感じです。

画像提供元:共同通信社

―世界選手権では2回メダル獲得。平成で一番輝いていた時期の思い出は

 やっぱり一発目のメダルですね。23歳の時だったんですけど、トラックの日本人では初のメダルでした。日本の外から考えたらあれが一番の実績だったんだろうなという気がしますね。

―当時の時代を振り返って思いつくことは

 平成という大枠のテーマでいくと、すごく厳しい言い方をすると日本がジャパン・アズ・ナンバーワンから転落した時代だと思うんですね。 一方でスポーツ界では国内のスポーツ市場が大きくならないのと対照的に、世界のスポーツ市場がどんどん大きくなっていったので日本人も世界に挑もうという機運が高まった。野茂英雄さんが出て、中田英寿さんが出たという時代なんですね。 陸上で最たる例は高橋尚子さんと室伏広治さん。野球はメジャー、サッカーはセリエA、陸上はヨーロッパやグランプリへ出て行き、日本人が世界で勝負し始めた時代だったと思います。 選手の中でもだんだんマインドが変わっていった。
 私は野茂さんの影響が大きくて。メジャーで日本人が活躍する瞬間に、我々の中にある日本人は身体的に劣っているという思い込みが取っ払われて、「じゃあ他でもやれるんじゃないか」という空気が生まれたと思うんです。 サッカーでも陸上でもそういうことが起きて。その大きな流れの中の1パーツじゃないかと思います、私の結果は。

―現役中に他競技の活躍を肌で感じながら活動していた

 マインドセットという言葉があるんですけど、すごく興味深い。なぜかきりのいい数字を切る前に選手が停滞し、きりのいい数字を切った後にみんながなだれこむという現象があるんです。 一番有名なのはロジャー・バニスターさんという人が1マイル4分を切ったこと。4分台に渋滞ができて、彼が4分を切った瞬間になだれ込んだんです。野茂さんの時も同じだと思うんですね。 野茂さんがメジャーに行った後に急にみんな流れ込んだ。どういうことかというと、人間の本当の限界はほとんど頭の思い込みが決めている。だけど、思い込んでいることを人は知らないで思い込んでいる。 思い込みが取っ払われるのは奇跡に見えるんですけど、「あれ、できることなんだ」と意識が変わり、行動が変わり、結果が変わるということが起きると思うんです。そういうことが連鎖して起きていた時代だなと思います。 経済はその逆で平成を経て自信が失われたように見えますね。

―陸上は桐生祥秀選手が100メートルで9秒台を出した。今後も続く?

 3年以内に3人と思っています、あと2人出るんじゃないかと。

―昭和と平成の違い。スポーツ界は

 昭和の時代によく見られていた人気バレーボール漫画とか、野球漫画、ラグビーなど、体罰やパワハラがバンバン出てくるんですよ。平成はそういった精神論、根性論という世界から脱却して合理的になっていった。 スポーツは社会とリンクするところがあります。土日が休みになり、労働時間を減らし生産性を高めるという大きな流れを追いかけるようにして、 昭和はトレーニング時間が無制限だったのが、平成に入り練習時間を減らして合理的な練習というのが広まりました。
 もう1つ大きな流れとしては、選手たちの言葉や意識が平成の終盤になってすごく変わっていった気がします。個人であることを強調して発言することが増えたのかなと。 全体の一部というところから、個人の集合の全体であるという流れが平成の中でも変わっていった気がしますね。これも副業解禁など、組織に依存しないで個で生きていく流れと重なって見えます。

―昭和のパワハラ、平成になって変わってきた。一方でアメフトのタックル問題、高野連の球数制限に関する姿勢など旧態依然としたところもある。今の時代はどういう段階にある?

 今何が一番大きな流れかというと、そのようなことを社会が問題だと認識して騒ぐようになったことです。つまり昔はよくあったじゃない、という話なんです。テレビでお父さん殴ってたじゃない、と。 しかもそういうものが視聴率良くて。そこから世の中は修正をかけていったわけですが、変われずそのままになっていたスポーツもたくさんある。その変われなかったスポーツが時代の大きな流れに寄せつつある段階だと思います。

後編では、為末さんが新しい時代への思いを語る。

為末大
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。 男子400メートルハードルの日本記録保持者(2019年2月現在)。 現在は、Sports×Technologyに関するプロジェクトを行う株式会社Deportare Partnersの代表を務める。 新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。主な著作に『走る哲学』、『諦める力』など。