平成の軌跡

平成の日本サッカー 進化の理由は ー 遠藤保仁 - 

歴代最多となる日本代表152試合出場を誇るガンバ大阪のMF遠藤保仁選手に、平成のサッカーを振り返ってもらった。

―元号が平成に変わった頃は8~9歳。思い出は

 ただただ遊んでいた記憶しかないですね。サッカーしたり、夏は海で泳いだり、野球したり。毎日外で遊んでいましたね。

―1993年にJリーグがスタート。目標になった?

 明確な目標になりましたし、数年後に兄(彰弘氏)がJリーガーになったので。それでさらに目標と感じるようにはなりましたね。

―1998年に横浜フリューゲルスでプロ生活がスタート。現役生活を振り返って特に印象的なことは

 ドーハの悲劇もそうですけど、やっぱりフランスワールドカップ(W杯)に日本代表が初めて出場したことが一番。プロに入ってすぐだったので。W杯ってすごいなと思いましたね。

―自身の中でも目標になった?

 そうですね、W杯に出たいというのが目標だったので。ちょうど同い年の小野伸二が出ていたので、自分もいつか出たいなという思いはずっと持っていましたね。

―2002年にA代表デビューし、W杯に3大会出場した。それぞれの印象は

 2006年(ドイツ)は試合に出られなかったですし、結果も良くなかったですね。自分がイメージしていた華やかなW杯とのギャップを感じました。 W杯ならではの雰囲気を感じられた事は、自分にとってプラスになったかなと思います。
 2010年(南アフリカ)はその悔しさもありましたし、2006年の時より自分が中心となってやらなきゃいけないという気持ちはあったので、心身ともに充実していたW杯でしたね。
 2014年(ブラジル)は結構楽しかったですよ、いい結果にならなかった事は残念ですが。2006年と2010年の経験を踏まえてより落ち着いてW杯に臨めたと思いますし。 ブラジルのスタジアムの雰囲気も南アフリカやドイツより良かったので、サッカーしているなという感じがしました。

―過去の代表監督を振り返って

 みんな特徴ありましたね。(影響という意味では)皆同じくらいです。 トルシエは自分の考えとはまったく違うサッカー観を持っている人でしたね。トルシエに対しては、こういう考えの人がいるんだなと感じましたし。 監督に合わせられる選手が一番賢い選手だなと勉強になりました。いい経験になりました。

―Jリーグで大きかったことは

 ルーキーで98年の開幕戦に出られたということが一番大きいかなと思っています。高校卒業したばかりのガキンチョが、あれだけのお客さんの前で真剣勝負をできた。いいスタートを切れたことが一番大きいかなと思います。

―ガンバ大阪では国内三冠も達成した

 三冠を獲ったという結果には満足していますが、内容があまり良くなかったので、自分の中で一番喜べた年ではなかったですね。 むしろ2008年にACLで優勝した方が、リーグ戦は不本意な結果でしたけど戦い方が非常に楽しかったですね。

―今まで一番アウェーを感じた試合は

 Jリーグだとやっぱり浦和レッズ戦、ですね。昔からライバル関係だったという事もありますが、サポーターの数も圧倒的に多いですし、 ホームスタジアム(埼玉スタジアム2002)での応援は特にすごいですからね。
代表ではテヘランで行われるイラン戦ですね。あれはアジアで一番、もしかしたら世界を見渡してもあんな独特な雰囲気はなかなか味わえないと思います。 イランのホームでやる代表戦は、アウェーに来たなという感じがすごくします。

―平成のサッカー。始まった頃はJリーグもなかった、W杯も日本は出たことがなかった。日本サッカーの進歩について感じることは

 サッカー全体に関しては、プロができて、アジアでも常に1位にならなきゃいけない存在になりましたし、W杯ももう少しでベスト8に行けるか行けないかくらいの力をつけて来ました。 日本のサッカー自体は、はやいスピードで発展し、進化していると思います。ここから先どこまで伸ばしていけるかは課題だと思いますが、全体的に見れば非常にいい形で来ていると思います。

―日本が発展できた大きな理由は

 常に新しいものを取り入れようとしているところだと思います。 僕が(プロに)入ってからはアジアのNo.1になるという目標があったと思いますし、W杯に出るという環境のために何を取り入れなきゃいけないかということを皆考えたと思います。 いい意味で時代に流されていたのかなと思います。

―日本のサッカー界に影響を与えた選手は

 昔で言うとジーコさん。Jリーグの最初の頃に現役の(海外の)代表もいましたし。そういう方々が、まだ彼らにしてはレベルの低い日本人をぐいぐい引っ張っていたと思うので。そういう人がいたからこそJリーグも盛り上がったと思います。

archicreate Takanori Kikuta/photo

―平成を代表する選手は

 キング・カズ(三浦知良)でしょう。一緒にプレーをしたこともありますし、初めて世界を意識した日本の選手でもあるので。 カズさんはとにかくリスペクトです。よくやられているな、すごいなと。サッカーが大好きなんだろうなというところは本当にリスペクトしますね。 カズさんの存在は日本のサッカーにとって非常に大きいかなと思っています。

―カズさんからの影響は

 風呂上がりにバスローブを着るということですね。それが一番印象に残っています。(真似したいとは)全然思わないです。結局着替えるんでね(笑)。
 プレーではポジションも違いますが、参考になるのはプロ意識ですね。練習から手を抜かないという姿勢はすごいなと思います。

―平成のサッカーを言い表すならどんな時代?

 なんですかね…わからないですね。流れがあるので、平成のサッカーはこれだ、というのは難しいですけど。
 節目として大きかったのは日韓W杯じゃないですか。それを機にW杯のすごさや重要性がサッカー関係者以外の人でもわかるようになったと思います。 サッカーって面白いんだということを感じ取った方々がたくさんいたんじゃないですかね。 それでJリーグの質も上がったと思いますし、代表の1試合の重みを感じられる選手も増えたんじゃないかな。そういう意味では日韓W杯は大きなポイントかなと思います。

後編では新たな時代に向けて、日本サッカー界の目指すべき目標や今後期待している選手、そして自身の将来についても語ってくれた。

遠藤保仁選手
1980年鹿児島県出身 遠藤三兄弟の三男(次男はアトランタ五輪代表・遠藤彰弘)、日本代表国際Aマッチ 出場数最多記録保持者。
1998年に鹿児島実業高校から横浜フリューゲルスに入団し、現所属 チームのガンバ大阪では数々のタイトル獲得に大きく貢献し、 2003年から10年連続でJリーグベストイレブンに選出。 2002年11月に日本代表国際Aマッチデビュー。その後は、日本 代表の中心選手として活躍し3度のワールドカップメンバーに 選ばれる。現在もガンバ大阪の中心選手として活躍中。
プロフィール写真:archicreate Takanori Kikuta/photo